『120年後の約束』特別インタビュー
松戸市立総合医療センター・小児科医長 小橋孝介先生
虐待防止の最前線に取材した原作を高倉みどりさんが漫画化した『120年後の約束』の単行本が、11月26日に発売されました。
子ども虐待による、惨い虐待死のニュースがあとを絶たない昨今、「どうしたら子どもの虐待死を無くせるか」をあらためて問う1冊です。
原作執筆のための取材に、長期間にわたってご協力くださった松戸市立総合医療センター・小児科医長の小橋孝介先生に、子ども虐待防止の取り組みの「今」と、ご自身達の仕事が漫画化されたことについての考えなどを伺いました。
虐待防止の取り組みが「漫画」になることについて
☆第1話「親ってなんですか」で「FAST」を
率いる一村先生のモデルは、小橋先生。
――今回、YOU bizからの取材申し込みがあった際には、何を話そうとお考えでしたか?
小橋:ひとつは、虐待対応をしていく上で、いかに予防が大切かという点です。もうひとつは、家族支援という視点で虐待防止に関わることで、本来あるべき医療機関の役割というのが果たせるんじゃないかということを伝えられればと思いました。
漫画に出てくる「FAST」=「家族支援チーム」の取り組みがそれにあたります。
小児科医は、家族の危機的状況である「子どもの病(やまい)」という局面で、家族がどのようにふるまうかを見ることができます。その中で、家族の機能で弱いところが明らかになります。
子どもの病気という状況下で、家族の問題点に関わるのは、あまり医療機関がやるべきことではないという意見もありますが、ぼくは本来そここそが医療側の人間がやらないといけないことだと考えていました。
ちゃんと医療機関としてチームを作れば、虐待防止の対応がこんなにできるようになっているんですよ」っていうことを伝えたいと思いました。ある程度の医療機関で、想いを持った小児科医や想いを持ったスタッフが一人でもいれば、絶対できるんじゃないかというメッセージを、医療機関として出したかったというのがありましたね。
また、こういうプロジェクトを一般のひとにどう啓発するのかというのに興味がありました。
☆作中にも登場した、ガラガラ。小児科の診察室には病気の赤ちゃんを
励ませるよう、たくさんのおもちゃがおいてあります。
――漫画が始まってからの、周りの反響というのはどんな感じでしょうか。
小橋:院内でも、結構みなさん読んでくれて。
作画の高倉さんが、みんなをそっくりに描いてくださっているので、スタッフはちょっと恥ずかしいやらうれしいやらみたいな感じでした。実際の現場の空気感というのがすごくよく描かれているという声も聞いています。
漫画が完成してから思うこと
――この取材が始まってから、3年以上経ちます。取材開始時と比べて「ここは大きく変わった」「これは改善の余地がある」という2点についてお教えください。
小橋:社会が圧倒的に変わったかというとまだまだですが、目黒の事件をきっかけに、連鎖反応的にいろいろな事件が報道され、それまで以上に「子ども虐待」が、問題としてちゃんと取り上げられるようになったのではないかと思います。
ただ、変わらないのは、当事者以外のひとたちにとってそれはやっぱり「他人事(たにんごと)」である点かもしれません。「あ~、また悪い親が殺しちゃった」みたいな。
「私には関係ないよね、児童虐待なんて」という意識が根強いので、「ああいうことが起きないように私も何かできないかな」と、自分の問題として児童虐待とか、子どもの安全・安心のことを考えてくれる人が、まだまだ少ないのではないかと思います。
さらには、「社会として子どもと家族を守る」ということは、できてない感じがしますね。
事件が起きた時、報道は「どこかの機関が悪い」とか、「どこかの誰かができなかったからこうなった」という議論をしがちですが、そこではなくて、「じゃあそれを起こさないためにはどうしたらいいんだろうか」という具体的な情報というのが必要です。
そういった意味で、ぼく自身はこういったメディアの力は大きいと考えます。
テレビなどで虐待を扱う時に、「社会を変えていこう」という発信の仕方をしないといけないんじゃないかなと思います。
これからの「虐待防止」の取り組みを考える
☆1話ラストの、「虐待の危機を乗り越えて、一村先生のもとを
旅立つ母と子のシーンが好き」と教えてくださった小橋先生。
小橋:医者になるための、「初期臨床研修制度」というのがありまして、新人医師は医師免許を取って初めの二年間、決められたカリキュラムで「医師の仕事の全体」を学びます。そのカリキュラムの必須項目に、来年度から虐待の研修が入ったんですよ。
――そうですか! それはぜひ紹介させてください。
小橋:研修プログラムとして「BEAMS」という、医療機関に向けた虐待対応のプログラムなどが指定されています。新人医師は、全員、必ず受講しないといけないんですよ。
(BEAMSについて詳しくはhttps://beams.childfirst.or.jp/#aboutbeams)
それによって、これから先、医者になる人は少なくともBEAMSレベルの知識は身に着けて医者になるのです。
今現場にいる人たちの中には、虐待対応の基礎知識を持っていない人もたくさんいます。でも、これから30年後、40年後、それこそ120年後の医療者は、みんな知っているはずなので、医療の現場も世の中も変わっていくのではないかなと思います。
――「BEAMS」の資料では、「虐待を見逃さないため、ここを診よう」ということが明記されているのですね?
小橋:そうですね。「気づく」ことが大切です。ちょっとした傷・痣(あざ)でも、親に原因を説明されて「あっ、そうなんですね」ってなっちゃうか、「いや、でもちょっと待てよ」って思えるのかで、その子を助けられるか助けられないかが変わってきます。
おわりに
――最後の質問です。先生は小児科医としての立場の他に、小さいお子さんのお父さんでもあります。
親として、小児科医として、どう仕事と向き合っておられるのでしょうか?
小橋:親として、小児科医として?
ああ~……、ぼく親としては失格かもしれないですね。
家族はとてもとても大切な存在で、守らないといけないけれど、家族を犠牲にしているところが大きくて。家族との時間というのが取りづらいので、できる限りのことをしたいとは思いながら、我慢してもらっているのは申し訳ないなと思っています。
子ども虐待防止の取り組みは、病院の業務とは別の活動なのです。
大切な仕事だから断れずに、業務以外でも引き受けているというのはあります。家族も「必要な仕事だから」って思ってくれる時もあれば、「外で『家族支援』って言っているのに、家はネグレクトだ」みたいな感じで言われちゃうこともありますけども(笑)。
――スタッフが足りないのでしょうか。
作品の中にも「ちゃんと時間とか報酬とかが保障されたら、もっと多くの医療者が関わってくれるのに」というくだりがありますが、社会がまだそこに至っていないのですね。
小橋:そうですね。家族を犠牲にしてはいけない、と思いながらも、自分にしかできない仕事を担っている部分もあるので…。
そこは「家族を支援することによる虐待防止」を医療者全員ができるようにしていかないといけないし、逆に、みんなができるシステムにしないと、いずれ破綻してしまいます。
そのためにも、誰にでもできる、そして、やっぱり自分の家族も大切にできるようなシステムにしていかないといけないとは思ってはいます。
☆小橋先生が「FAST」についてご執筆くださった
「凍りついた瞳2020」(集英社より発売中)
――読者にメッセージがあったら教えてください。
小橋:いつも言うことなのですが、「子ども虐待」というのは、決して他人事ではなくて、誰にでも起こること、そしてそれは防ぐことができることなのです。
私たちは、それぞれが「虐待を防ぐ」ということに関して、必ずできることがあるので、それに向けてアクションを起こしてもらいたいです。
(2019年11月26日 松戸市総合医療センターにて収録)
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